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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)2543号 判決

控訴人(原告)

鈴木良二

ほか一名

被控訴人(被告)

関東運輸株式会社

主文

原判決主文第二項を次のとおり変更する。

控訴人らは、被控訴人に対し、それぞれ金五万八九六〇円及びこれに対する昭和四九年二月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の反訴請求を棄却する。

控訴人らのその余の控訴を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも控訴人らの負担とする。

この判決は、第二項にかぎり、仮に執行することができる。

事実

控訴人ら代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は、控訴人らに対し、それぞれ金七三五万六九四四円及びこれに対する昭和四六年一一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。被控訴人の反訴請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、次に付加、訂正するほか原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

原判決二枚目表一〇行目の「八九番地」を「八三九番地」に、同裏八行目及び三枚目裏五行目の各「一一八九万〇六六二円」を「八八九万〇六六二円」に、同二枚目裏九行目の「五九四万五三三一円」を「四四四万五三三一円」に、同三枚目裏二行目の「(3)」を「(2)」に、同六行目の「七九四万五五二六円」を「一〇九四万五五二六円」に、同七行目の「三九七万二七六三円」を「五四七万二七六三円」に、同四枚目表五行目の「六〇〇万円」を「九〇〇万円」に、同八行目の「三〇〇万円」を「四五〇万円」にそれぞれ改め、同三枚目表九行目から同裏一行目までと同四枚目表一一行目の「(2)」を各削除する。」

(証拠関係)〔略〕

理由

第一控訴人らの本訴請求について

一  昭和四六年一〇月三〇日午前八時四〇分頃、千葉県銚子市宮原町八三九番地先道路上において、対面進行していた田中正夫の運転にかかる被控訴人保有の大型貨物自動車(以下、田中車という。)と控訴人らの長男である鈴木一男の運転する軽乗用自動車(以下、鈴木車という。)が正面衝突し(以下、本件事故という。)、その衝撃により鈴木一男が頭蓋底骨折等の傷害を負い、約二時間後に右傷害に基づく心不全のため死亡したことは当事者間に争いがない。

二  被控訴人は、自動車損害賠償保障法三条但書の免責を主張するので、まずこの点を判断する。

いずれも成立に争いのない甲第五号証の一、二、乙第一ないし第三号証、第六及び第七号証の各一、二、原審証人藤井誠の証言により真正に成立したと認められる乙第五号証、原審証人岩瀬一、同多田政善、同石上新太郎、同村越武男、原審及び当審証人田中正夫の各証言、原審及び当審における控訴人鈴木良二本人尋問並びに当審における鑑定人江守一郎の鑑定(訂正部分を含む。)の各結果を総合すれば、次の事実が認められる。

(1)  本件事故現場は、銚子大橋入口の交差点を基点とする県道銚子佐原線を千葉県香取郡東庄町方面に向つて約一二キロメートル西進した道路上で、本件事故現場付近ではほぼ直線状に東西に延び、道路の両側は工場や人家が散在しているほか田で、見通しは極めてよい。

右道路は、幅員六・五メートルで、アスフアルトで舗装され、平坦であるが、歩道、車道の区別はなく、また中央線(センターライン)の表示もない。その他の道路標識の設置もなかつた。

なお、右県道は、本件事故現場の東方向(銚子市森戸町方向)に約七・五メートル寄つたところで、南方の東大社方面に通じる幅員五・五メートルの農道と丁字型に交差している。

本件事故のとき、道路は間断ない雨のため湿潤していた。

(2)  本件事故直後(事故当日の午前九時五分から午後〇時二〇分)行われた司法警察員による実況見分の際、本件県道上には、銚子市森戸町方面から香取郡東庄町方面(田中車の進行方向)に向つて右にカーブしている二条のスリツプ痕(ダブルタイヤによるもの)と、左にカーブしている二条のスリツプ痕が認められた。右スリツプ痕の位置、長さ、形状は別紙図面のとおりである。

田中車の進行方向に向つて右(以下に述べる左右はすべて当該車両の進行方向を基準とする。)にカーブしている二条のスリツプ痕のうち右側の一条(長さ一九メートル、右側後輪によるものと推定される)の西先端と、左にカーブしている二条のスリツプ痕のうち右側の一条(長さ一七・三メートル、右側前輪によると推定される)の西先端との距離は約五メートルで、田中車のホイルベースの長さ四・七メートルとほぼ一致し、同じく各左側の一条(左側後輪によるものと推定されるものの長さ一九・六メートル、左側前輪によるものと推定されるものの長さ一六・一メートル)の西先端間の距離も田中車のホイルベースの長さにほぼ等しく、右によれば、右の各スリツプ痕は、田中車によるものと認められる。

事故現場近くにある豊里二九三号の電柱から北西方向一七・六メートル、道路の北側縁から四・一メートルの道路上に、凹状にえぐられた跡があり、その付近には鈴木車のトランスミツシヨンの破片が散乱し、ほぼ右凹損部分を起点にして、鈴木車の停車地点(前記電柱の北西方向三五メートル)付近までゆるやかにカーブを描く線状の擦過痕が認められた。

また、本件事故現場付近の道路の南側端に接する土手の部分に砕石が約一メートルの高さに積み上げてあつたが、その西側(東庄町寄)の先端付近では、くずれ落ちて道路南側縁付近に散乱し、その付近に鈴木車のものと認められる破片が落ちていた。右砕石に沿つて田中車が東庄町方向を向いて停車していた。

田中車は、塩酸の運搬専用の普通貨物自動車(昭和四五年型三菱ふそう八トントラツク)で、幅二・四八メートル、長さ八・三二メートル、車両重量六・二八トン、最大積載量八トンで、本件事故により右前照燈付近及び前部バンバー右側部分(右端から八〇センチメートル幅位)を折損した。事故後の検査では制動装置等の異状は認められなかつた。

鈴木車は、前述の地点に道路の北縁に沿い、その進行方向とは逆である東庄町方向を向いて停車していた。同車は、昭和四三年型三菱ミニカスーパーデラツクスで、幅一・二九五メートル、長さ二・九九五メートル、車両重量〇・四五五トンで、本件事故により前部は全面にわたり折損大破した。

鈴木車の停車地点から東側寄の道路上(別紙図面参照)にガラスが散乱していた。

実況見分した司法警察員村越武男は、以上の実況見分の結果と田中正夫の供述から両車両の衝突地点を別紙図面の×印地点と認定した。

(3)  田中正夫は、田中車に塩酸を積んで、本件事故当日の午前一時頃前橋市を出発し、午前六時二〇分頃目的地である銚子市に到着し、積んでいた塩酸を全部下して、空車のまま午前八時一五分頃帰途につき、本件事故直前本件県道を銚子市森戸町方面から香取郡東庄町方面(東から西)に向け、時速五〇キロから五五キロ位の速度で進行していた。

一方、鈴木一男は、住友金属株式会社鹿島製鉄所の熱延工場に勤務していたが、本件事故前日の午後一一時から事故当日の午前七時までの夜勤を終え、鈴木車を運転して、自宅の銚市桜井町に帰宅途中で、本件事故直前本件県道を東庄町方面から銚子市森戸町方面(西から東)に向け、時速六五キロメートル位の速度で進行していた。

田中正夫は、相接して対向してくる三台の乗用車の最後尾車と離合し終えたとき、一〇〇メートル位前方に鈴木車が同車の進行方向左側を対向してくるのを発見したが、鈴木車が約六〇メートル前方に近づいた地点で、急に道路の中央付近に出てくるのが見えたので、アクセルペダルから足を離すとともに(これにより田中車の速度は時速四〇キロメートル位に減じた)、警音器を鳴らし、そのまま走行したところ、鈴木車もそのまま道路の中央付近を進行してくるので、両車両が約二九メートルに接近した地点で、危険を感じて急制動の措置をとるとともにハンドルを左転把したが、すでに間にあわず両車両は正面衝突した。田中車は、そのまま横すべりしながら前記砕石の西先端付近にその前部を突込み、斜めに道路を横切る形で停車した(なお、その後交通の障害となつたので、移動させ、前記実況見分時には別紙図面の位置に停車していた)。鈴木車は、田中車に押し返されて右回転し、前記擦過痕の西先端付近に進行方向と逆の東庄町方向を向いて停車した(その後少し移動させたので、前記実況見分時には別紙図面の位置にあつた)。

鈴木一男が急制動の措置をとつたり、ハンドルの転把をこころみた事実は認められない。

(4)  本件県道の幅員は六・五メートルであるところ、前記田中車によるスリツプ痕のうち右側後輪のスリツプ痕の起点は、道路北側縁から三・三メートルの地点であり、田中車の車体右側端は当然同車右後輪の位置より更に右側にあるから、田中車は、少なくとも車体の右側部分が急制動の措置をとつた時点で、道路の中心点よりやや右側(いわば鈴木車の進行車線内)に入り込んでいたものと認められる。

当審における鑑定人江守一郎は、前記スリツプ痕、衝突後両車両が停止した位置、両車両の前部の折損状態、天候等をもとに、力学的な計算を重ね、両車両の運動軌跡を求め、衝突地点を推測しているが、同鑑定(訂正部分を含む)によれば、衝突時の両車両の位置は、別紙図面の×印の地点(道路の南側縁からの距離は二・四メートル)から約二〇センチメートル道路の中央寄の地点(したがつて道路の南側縁から約二・六メートルの地点)に鈴木車の右前端があり、両車両の前部衝突面は各約八〇センチメートルであると推測される(前述のように田中車の前部は右側八〇センチメートル部分に折損があるのに対し、鈴木車の前部は全面にわたつて折損大破していることが認められるが、鈴木車は右回転運動をすることによつて前部全面が折損するに至つたものと推測される。)から、田中車の右前端は、鈴木車の右前端から更に八〇センチメートル北側寄の地点(すなわち道路の南側縁から三・四メートルの地点、なお道路の中央点は道路両側縁から各三・二五メートルの地点である。)にあつたと判断される。

以上(1)ないし(4)が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

右に認定したところに基づき考えるに、田中正夫は、約一〇〇メートル前方に鈴木車を発見し、約六〇メートルの地点に接近したとき鈴木車が急に道路の中央に出てくるのを認め、アクセルペダルから足を離すとともに(これにより速度が時速四〇キロメートル位に減じた)警音器を鳴らし、同車が更に約二九メートルに接近するに及び、急制動の措置をとり、ハンドルを左転把したのであるが、鈴木車は急に道路の中央に出てくるなど異状な動向を示しているのであるし、同車が右の動向を示した時点で、田中車の車体右側部分が道路の中央よりかなり右側に出ていたこと、その時の両車両の速度、車間距離、事故当時の道路の湿潤状態等に鑑みれば、田中正夫は、鈴木車が衝突を回避するためハンドルを左転把することを期待して警音器を鳴らすに止まらず、自らも鈴木車が道路の中央に出てくるのを認めた地点で、ハンドルを左に転把して自車を道路の左側端近くに寄せるとか(前認定のとおり衝突時点でも鈴木車の右端と道路端との間になお二・六メートルの通行可能な空間があつたのであるから、鈴木車がそのまま進行した場合でも、車幅二・四八メートルの田中車を右空間に寄せることによつて、衝突を回避することができる。)、いつでも停車できる程度に徐行措置をとるなどして、衝突の危険のないように対処すべき義務があつたものというべく、これを怠つたのであるから、右の点に過失があるとすべきである。

一方、先に認定したところによれば、鈴木一男は、鈴木車を時速約六五キロメートルで運転しながら、田中車の前方約六〇メートルで急に道路中央付近に出て(前認定によれば、衝突時点で鈴木車の右側車体は道路の中央から約六五センチメートルだけ右側に出ていたことになる。)、その後本件事故を回避する何らの措置もとつていないのであるから、前方注視を怠つていたものと推測され、同人に過失があることは明らかであり、田中正夫と鈴木一男の過失割合は、前者の二に対し、後者の八の割合とするのが相当である。

三  そこで、損害の点につき判断するに、控訴人らの主張する本件事故による損害は、弁護士費用を除くと合計一八四九万八五六二円であるところ、仮に右損害が全部認められるとしても、前記鈴木一男の過失割合によりこれを過失相殺すると、控訴人らが被控訴人に請求できる損害額は右の二割である金三六九万九七一三円(円未満切上)を超えることはない。なお、鈴木一男の逸失利益につき、鈴木一男の年収を、労働省「賃金構造基本統計調査報告」(昭和四六年度)第三表産業計企業規模計男子労働者学歴計により一一七万二二〇〇円とし、稼働可能年数四四年、生活費の控除収入の五割―控訴人は三割を主張しているが、鈴木一男の年齢が一九歳で、独身であつたこと(成立に争いのない甲第一号証、原審及び当審における控訴人鈴木良二の供述によりこれを認める)及び右収入に照らせば、生活費の控除は五割が相当である―、ホフマン式計算法により年毎に年五分の割合による中間利息を控除して算出した場合でも、別紙計算書記載のとおり、過失相殺後の損害額は合計四六〇万八六一六円にすぎない。

そうすると、控訴人らは、すでに自賠責保険から金五一二万二三〇〇円の支払を受けていることを自認しているから、その損害はすでに填補されたものといわざるをえず、控訴人らの本訴請求は失当に帰する。

第二被控訴人の反訴請求について

本件事故が鈴木一男の前方不注視の過失により惹起されたこと、本件事故により田中車の前部を折損したことはすでに認定したところ、原審証人藤井誠の証言により真正に成立したと認められる乙第四号証、同証人の証言によれば、田中車は被控訴人の所有で、被控訴人は、田中車の右破損を修理するため一四万七四〇〇円を支出したことが認められる。

控訴人らが鈴木一男の父母でその相続人であることは当事者間に争いがなく、前述のように本件事故については田中正夫にも二割の過失が認められるのであるから、これを過失相殺すれば、控訴人らは、それぞれ被控訴人に対し、右一四万七四〇〇円の八割である一一万七九二〇円の二分の一である各金五万八九六〇円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四九年二月二日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があることが明らかである。

第三結論

よつて、控訴人らの本訴請求は理由がなく棄却すべきであるが、被控訴人の反訴請求は第二記載の限度で認容し、その余は棄却すべきところ、これと一部結論を異にする原判決主文第二項を右のとおり変更し、その余の控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法九六条、九二条但書、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 安岡満彦 内藤正久 堂薗守正)

別紙計算書(円未満切捨)

逸失利益

76,900円注1×12+249,400円注2=1,172,200円

1,172,200円×1/2×22.92302注3=13,435,182円

損害合計

13,435,182円+102,900円注4+5,000円注5+500,000円注6+9,000,000円注7=23,043,082円

過失相殺後の損害額

23,043,082円×0.2=4,608,616円

注1 労働省「賃金構造基本統計調査報告(昭和46年度)第3表産業計企業規模計男子労働者学歴計によるきまつて支給する現金給与額

注2 同じく年間賞与その他の特別給与額

注3 年毎に年5分の中間利息を控除する場合のホフマン係数

注4 控訴人ら主張の治療費

注5 同じく付添費

注6 同じく葬儀費

注7 同じく慰藉料

別紙 図面

〈省略〉

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